東京でふたつめのフォーシーズンズがオープンした。広大な日本庭園を囲むようにして建つフォーシーズンズホテル椿山荘東京は、ヨーロピアンエレガンスの粋を極め、開業から10年を経過した今なお、妥協のないメンテナンスノウハウを武器に、ひときわ豪華で洗練された雰囲気を保っている。
一方のパシフィックセンチュリープレイス内に開業したフォーシーズンズホテル丸の内東京は、東京駅から徒歩圏内というビジネス街への好立地を反映して、トップエグゼクティブのビジネスユースに的を絞り込んだ。モダンでスタイリッシュな空間、合理性にホスピタリティのスパイスを効かせた独自のサービススタイル、ミニマムながらニーズを満たす付帯設備など、時代の先端をシャープに生きる人たちの感性にフィットするホテルを目指している。
ホテルが入居するパシフィックセンチュリープレイスは、東京駅周辺でもひときわ目を引く、個性あるデザインの高層ビルだ。駅出口で言うと丸の内口側ではなく八重洲口側だが、住所はかろうじて丸の内に属している。せっかくの高層ビルだから高層階をホテルにすれば、丸の内のオフィス街越しに皇居を望む素晴らしい景色が得られたことだろうが、あいにくホテルは1階から7階という低層部に位置する。ビル設計の段階ではここにホテルが入ることは計画されていなかったため、レイアウトや動線にはかなりの無理があることも事実だ。ビルオーナーの意向でにわかにホテルと化したビルの低層部は、そのロケーションのみならず、なにからなにまでびっくりさせてくれる非常にユニークな存在となった。
まず、開業に先立ってのプロモーションは、成金雑誌やクレジットカード会社の会報などに集中的に掲載し、ターゲットを厳選しているところをうかがわせた。60室に満たない総客室数と最低44平米からの広い客室というだけでも、上質でレジデンシャルな雰囲気へと想像が膨らんでゆく。フォーシーズンズの名を冠しているだけで、世界最高品質を謳っているも同然なのだが、猛烈に強気な宿泊料金に、そこまで取るならお手並み拝見といった具合に、更なる期待を持たされた人も少なくなかっただろう。
しかし、がっかりさせられたのは到着早々、というより、到着よりも前のことだった。ホテル専用のエントランスはビルの北側にあり、東京駅の搬出入口のようなところに面しているため、非常に環境が悪い。汚らしいトラックがひっきりなしに往来し、ホテル専用のアプローチにまではみ出して道をふさいでいることもしばしばだ。ホテルの車寄せは狭く、車が一台停車していれば、おとなしく順番を待たなくてはならない。
この時も間が悪かったのか、すべての悪条件が重なってしまった。車はバレーパーキングをしてくれる。しかし、駐車場代が1泊5,000円に加え、バレーサービス代金として2,000円が加算されて、合計7,000円という料金がかかる。ビジネスホテル1泊分に相当するほど高い料金には、さすがに驚いた。きれいに洗車でもして返してもらいたいくらいだというのが本音。
エントランスには、有能で快活なスタッフが常駐しており、扉を通る度に気分がいい。これは当たり前のようでいて、他のホテルではなかなか実現できていないことでもある。ここのスタッフは半ばバトラー的な役割を担っており、部屋で何かリクエストした時にもよく対応してくれる。彼らに案内されて向かうフロントレセプションは7階にある。1階の上品なロビーとは明らかに不釣合いな、内装に木目のシールを使った安っぽいエレベータに乗って上昇する。
7階のレセプションエリアは小ぢんまりとしており、コンシェルジェデスクと並んで配置されているカウンターでチェックインの手続きを行なう。カウンター前のスペースには、上質なソファーが並んでいる。イスから「どうぞお座りください」と誘われて腰を掛ければ、たちまち奥からメニューを持った係が現れ、飲み物を注文することになるのだ。一見パブリックスペースのように見えて、実はロビーラウンジらしい。もちろん、注文を断ったからといって追い出されることはないようだが、気が弱い人は不承不承注文をして、なんとなくウツボカズラに落ちた虫けらのような気分になる可能性あり。
チェックインを済ませると係が客室まで案内してくれる。先ほど上がってきた安っぽいエレベータで再び下降して、客室のある6階から3階へと向かうのだ。客室階の廊下には、面白いオブジェが置かれているが、全体にコントラストのない照明と、平板な色彩感とに埋もれてしまい、圧倒的なデザイン性や高級感とは縁遠いように思えた。空間の演出という面ではパークハイアットの方が数段上手かもしれない。客室の扉はピアノフィニッシュの塗装が施され、シックな印象。カードキーを差し込むと、スパイ映画のようなピピピッという電子音がして開錠される。
今回利用したプレミアルームは65平米もの面積があり、室内の50パーセントが全面ガラス張りという、非常に明るく開放的な客室だ。入口から部屋の奥までは、L字の長い動線を持っており、実面積よりも広く感じる。室内の壁や床、家具にはいずれも天然木を多用。革張りの天蓋やワークデスク、ベンチなど、素材には妥協がなく、非常に上質な品々でコーディネートされているが、色彩感が淡いこともあり、見ようによってはシンプル過ぎてホテルにあって欲しい非日常感に乏しいとも言える。
ベッドの幅は狭いが、シーツやマットレスなどすべて最高級で快適さはこの上ない。カーテンはレースに加え、上下に動くローマンシェードで遮光を可能にした。レース、シェードともに電動だ。しかし、設計にいささか首を傾げざるを得ない部分がある。レースをめいっぱいに開放しても、およそ全体の3分の1近くはまとまったレースで隠れてしまう。せっかくの広い窓が生きてこない。
さらに、窓際のちょうどベッドに向かい合った位置に天井から床までのプレートがはめ殺してあり、そこにプラズマディスプレイが掛かっている。これでまた窓が狭まっているわけで、カーテンを全開にしても、結局は半分くらいは死んでしまっているのだ。しかし、ディスプレイの掛かったプレートの裏は人が通れるほどの空間があって、まったくもって無駄になっている。ならば、どうしてレースを開放したときにその部分にまとまるように設計しなかったのか不思議でならない。そうすれば大きな窓が一段と価値を持ったことだろう。
また、窓際の固定ベンチとシェードの位置関係が計算と違ってしまったのか、ローマンシェードを下ろしたとき、シェードがベンチにつっかかって下りきらない。それならとベンチにかからないようシェードを押しやると、コーナーの部分に大きな隙間ができて光が漏れてくる。困ったものだ。
ワークスペースにはプリンタ、ファックス、スキャナの機能を併せ持った複合機が備わっており、高速インターネット回線は一日1500円で利用できる。しかし、マルチメディア設備の充実をひとつの目玉にしているこのホテルでさえ、インターネット回線には不具合があった。いくら頑張っても接続できず、係に問い合わせたところ、自分のホテルの設備によほどの自信を持っていると見えて、こちらの設定や使い方に誤りがあるのではないかと随分しつこく疑われた。
他の部屋に行って試したところ問題なく接続でき、その段になって初めて設備に問題があることを認めた。係を呼んでから部屋に来るまでにも随分と時間が掛かり、かなりの時間が無駄になった。後で聞いたところでは、各階とも同じ位置の縦一列の客室はすべて配線ミスで接続不能になっていたらしい。開業からしばらく経つまで、だれも気付かなかったというのもお粗末な話だ。
バスルームは概ねよくできていた。石張りで広々としており照明のコントロールが可能だ。中央に縦向きにバスタブを配し、その両側にガラスで囲ったトイレとシャワーブースを持ってきたところはパークルームによく似ている。ブルガリのアメニティを揃え、フォーシーズンズならではの高級なタオルやバスローブが用意されている。だが、バスタブは使いにくかった。カランが邪魔で入りづらいし、バスタブ内のカーブに足を取られて転倒しないように注意が必要だ。また、ハブラシセットのクオリティは最悪。とてもフォーシーズンズとは思えない品物だった。マウスウォッシュやバスソルトは、客室係にリクエストしても用意がないと言ってつれなく断られる。
サービスは自信に満ちており熱心で積極的だが、ややのぼせ上がっているきらいがある。また、予想外の出来事が生じた時に対応力は、てんで話しにならないほど稚拙だ。問い合わせに対する回答の遅さは記録的だし、問題が起こった時、それに対応する構えができていないから、どんどん状況が悪くなり、話がややこしくなる。これでこの値段に満足できたか?答えはNOだ。客室は気に入った。しかし、とにかく高すぎる。これでいつまで通用するのか大いに疑問が残る。宿泊料はご祝儀ではない。ちゃんとそれに似合った価値を提供してくれないと困るのだ。亀に負けたウサギの高邁さと、亀本来の鈍くささをリバーシブルで着込んだホテルに見える。
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