1999.10.28
昆虫の館
オーベルジュ「オー・ミラドー」箱根
哀-5箱根の地にオーベルジュを構えて早14年。「箱根にオー・ミラドーあり」と言わしめるほどに、その名は広く知れ渡り、遠方よりはるばる足を運ぶゲストも多いことだろう。本国フランスにおけるオーベルジュの歴史は古く、現在でも数多くの魅力的なオーベルジュがフランス各地に散在しているが、日本ではまだ定着していない業態で、この「オー・ミラドー」は日本におけるオーベルジュの草分け的存在だ。97年には新館「パヴィヨン・ミラドー」をオープンさせ、宿泊できる客室数やレストラン客席数を増やした他、ウエディングなどの大型パーティにも十分対応できる設備を整え、大きな成功を収めている。
この日は、この秋最高のドライブ日和になったので、冴えない気分を晴らす目的も兼ねて箱根へ出掛けた。前夜の大雨がうそのように晴れ渡り、強風が吹いたお陰で空気が澄みきったばかりか、気温がぐんぐんと上がり、芦ノ湖付近ですら、ひなたなら半袖で過ごせるほどの陽気だった。
「オー・ミラドー」で食事をすることは当初予定していなかったので、途中で携帯電話から予約を入れた。電話の対応は、明るく丁重ではあったが、その日の予約状況すら即座に答えることができないばかりでなく、こちらから人数や到着予定時間などを伝えているにもかかわらず、すべてもう一度重ねて質問された。人の話を聞いているのかな?という気分にさせる応対だった。
到着してパヴィヨンに車を入れると、赤い制服を着たドアマンが待ち構えており、予約を確認したのち、車はバレット扱いをしてくれる。そこから細い連絡路を通って、ダイニングへと向かう。先程の電話で、天気が良いのでテラスを薦めているとの案内があり、その薦めにしたがってテラス席を予約してあった。1900年代最後のテラスでの食事になるかもしれないとの思いを秘めつつ楽しみにして用意された席に着いた。
案内されたセクションはプールサイドでよく見かけるような、プラスチックでできたチープなテーブルとチェアが置かれ、一応花柄のクロスとクッションがセットされているものの、フレンチを楽しむ環境にしてはお粗末だ。このテーブルがかなりぐらついており、安定感に欠けているのも落ち着かない要因だった。テーブルの上には2客ずつのグラスが置かれていたが、内部が湿っているのが気になった。
また、これはパンが運ばれてきて分かったことだが、通常位置皿が置かれる中央部分にパン皿を置くという、不思議なテーブルセットをしてある。後ろには小ぢんまりとしたプールがあり、周りを木立に囲まれて爽やかな雰囲気なのだが、すぐ前を通る道路の騒音がすべてを台無しにしている。まずアペリティフにグラスのシャンパンを注文した。銘柄はローランペリエで1杯1,500円。その後、なかなかメニューを持ってこない。
やっとメニューを持ってきて、その日の献立を説明し始めたが、「お待たせしました」などの言葉はなかった。この給仕にはタイミングを逃しているという自覚はないのだろう。メニューには5,000円と7,000円の2種のコースが記載されているが、構成だけで内容は分からない。その分口頭で説明をしてくれるのだが、あまり食欲をそそる雰囲気ではないので、これなら表示してくれた方が親切だと思った。
「特におキライなものがなければ、おまかせコースもあります。こちらは、出てきてからのお楽しみです」と言うが、価格は言わない。「内容が分からなければ、ワインの選択ができないんだけれど・・・」と尋ねると、「ではヒントを」と内容を簡単に説明してくれたので、ものは試しと思い、そのおまかせコースを注文することにした。
注文を終えると、ソムリエがワインリストを持って来たが、そのタイミングはベストだった。しかしリストは価格は立派でも、魅力に欠けるのもだった。これまでの雰囲気で贅沢をする気分は萎えてしまったため、手頃なボトルを注文した。そして程なく、熊蜂がテーブルにちょっかいを出し始め、卓上の花、シャンパン、パンなど、一通りのものにツバを付け、所有権を主張しつつ、いつでも攻撃態勢に入れるぞと威嚇しているかのようだった。すぐに飽きてどこかへ行くだろうと思いきや、ずっとこのテーブルにとどまっていたため、こちらが疲れてしまい、結局オードブルが運ばれる前に、館内の席に移らせてもらうことになった。
その際に案内してくれた給仕は明らかに面倒くさそうで、ぞんざいに扱うことでその気持ちをアピールしようとしているかのような印象があったのは残念だった。館内に入ってからも、ショウジョウバエやイエバエの他、小型の蜂などが次々と挨拶に来てくれ、まるで昆虫館のようだった。
さて、料理は実に美しく盛りつけられて運ばれてくるはずだった。ところが、この日は多くのお客さんで賑わっていたため、従業員たちには余裕がなく、粗雑になっていたのが影響してか、せっかく計算されて立体的に盛り付けた料理が、テーブルに乗るころには見るも無惨に崩れていた。それが一皿でなく、デザートまでもその調子だったのはきわめて残念なことだ。
そして、会計伝票を見て、更に驚いたのはこのおまかせコースに10,000円の価格が付いていることだった。なかば想像していたことだが、非常に高いなという印象だった。冬場を凌ぐために、稼げるときに稼いでおかなくてはという事情があるのかもしれないが、「ロオジエ」や「アピシウス」よりもはるかに高い価格を設定していながら、料理はそれに遠く及ばないのだから、割高感は否めない。無意味な高級食材も気になったし、生臭さが強く残る魚料理など、初歩的な手抜かりをも感じさせた。都内なら3,500円がいいところだろう。それ以上は払えない。
本来なら宿泊をして、ディナーを楽しみ、翌朝のブレックファストを味わってからでないと見極めはできないのかもしれないが、次回につながる魅力はすでに尽きてしまった。これほど価格と満足感が釣り合わないという経験は初めてだった。少なくともぼくの肌にはまったく合わない店だということが分かったので、授業料だと考えることにした。
Y.K.