1998.10.27
ハードボイルド事件
フレンチ&シーフード「ラ・ベ」ザ・リッツ・カールトン大阪
哀-4

予約通りの時間に行くと、困ったような顔をされ、しばらく待たされた。なにか問題でもあったのだろうか? その表情だけでは何も理解できず、単にぼくらに不快な印象を与える効果しかなかった。入り口に立つ女性の対応は、どことなくパークハイアット東京のニューヨークグリルを思わせるものがあった。

やっと案内してくれることになり、店内に進んでいくと、途中で馴染みのソムリエに会い、挨拶を交わした。案内された席は、壁際の長いベンチシートの中央の席で、パリのブラッセリーのように隣席との間隔が少なく、両側でタバコをふかしていた。せっかくなのに申し訳ないが気に入らないし、できればノンスモーキングをお願いしたいと申し出ると、驚いた顔をして突っ立ったまま。

そこにソムリエがなにかを彼女に耳打ちすると「ご用意しますので、しばらくバーでお待ちください」と案内してくれた。そのバーがものすごい煙。ひどいピアノ演奏もあり、ますます居心地悪く気分が悪くなった。改めて案内されたテーブルは反対側のベンチシートだったが、となりには席がなく、人が気になることはなかったので、彼女の配慮に礼を述べて座った。

メニューには、あらかじめ料理の内容が決まっているコースが数種ある他、プリフィクススタイルでグランドメニューから好きな品を選び、品数によって値段が変わるコースがある。バラエティ豊かなメニューからチョイスできるプリフィクスに魅力を感じ、相性をよく吟味してからオーダーした。注文を受けたのは、リッツカールトンのオープン前はパークハイアット東京にいて、面識のある丸山氏だった。

ワインはソムリエと相談しながら、ドメーヌドロマネコンティのエシェゾー92年を選んだ。ワインについてソムリエと相談している途中に、マネージャーが割り込んできて、ソムリエを連れて行こうとする場面があった。極めて無礼な行為だ。ソムリエは困惑した表情で振り切ろうとしていたが、ぼくが呆れたように「構わないよ、いってらっしゃい」と言うと、マネージャーに連れられて一時席を外した。これはパイロットが離着陸時にコックピットを離れるようなものだ。

今度は、ソムリエがエシェゾーを抜栓し、いよいよテイスティングという時に、「お待たせしました!」とオードブルが運ばれてくる。またしても割り込みだ。ぼくが悪戯っぽい視線を送ると、ソムリエはもう恥入りようもないといった表情を返す。運ばれた料理をお預けにして、テイスティング。OKして、いよいよ食事。

食べ終わると、丸山氏が皿を下げながら「お味はいかがでしたか?」と尋ねてきたので、「その皿に残っているのは、ゆで卵の黄身でしょ?メニューにはポーチドエッグ添えって書いてあったよ。」と正直に指摘した。すると彼は「その通りですね、これではゆで卵です。申し訳ございません」と非を認め詫びてくれたので、それきり気にしていなかった。

ちょうど肉料理が終わった時に、丸山氏が厨房からシェフを連れて来た。先ほどの卵の一件について、一言添えたかったのだろう。ところがシェフは、自分がイメージしているのは先程くらいの固さの卵なので、調理ミスはないと言った。ぼくは「そうなんですか。では、何でポーチドエッグという表現を使うんですか? ポーチドエッグといえば、世界中どこへ行っても半熟の状態で出てくるので、そういうものだと思っていますが違うんですか?」と逆に尋ねた。

それに対しシェフはシェフは、メニューにポーチドエッグという表現が使われているのをしらなかったと答え、あくまで固い黄身で正しかったことを主張する。ぼくはそれこそ問題だと思ったので、「料理のイメージは正しく言葉にして下さらないと、私たち客はメニューの表現を信用して注文するわけですから困ります。しかし変ですね。料理を運んできた方は、『卵の黄身が半熟状になっておりますので、お料理によく絡めてお召し上がりください』とアドバイスしましたよ。すると、それは彼の即興芝居で、とんだ間違いだとおっしゃるんですね。よくわかりました、ありがとう。」と言って、下がってもらった。

素直に「失礼しました」と言ってくれればそれでいいのに。だれが間違っているのか知らないが、厨房とサービスの主張に矛盾があるのだから、どちらかが黒なのだ。今回の利用で、ホテルは素晴らしいがレストランは総じてお粗末だという印象が、ますます強くなった。素晴らしいホテルだけに哀れだ。ソムリエだけがひとりよい仕事をして輝いていたので、そこに目をむけるとしよう。ぼくらが帰る頃には、店内は閑散として、初めに案内された席の両隣のゲストしか残っていなかった。最初の席に座っていたら、最後までお互い窮屈な思いをしたわけだから、替えてもらってよかった。

Y.K.