1998.10.26
水難の相
神戸ベイシェラトンホテル&タワーズ Towers Junior Suite
怒-1ロケーションを考えると、ホテルオークラの方が日中のアポイントには便利だったのだが、夕食を「トップオブシェラトン」でとる約束になっていたので、ついでにシェラトンの滞在することにした。せっかくいい雰囲気で食事をし、ワインの酔いが心地よいときは、そのままベッドに入れる方がありがたい。
チェックイン後、ひとまず荷物を部屋に入れ、すぐに外出。用件を済ませて戻ったのは、午後6時頃。ディナーは7時の約束だったので、早速シャワーを浴びて着替えることにした。客室は50平米弱程のジュニアスイート。コーナーに位置するワンルームタイプの客室で、2面に窓があり、それぞれ違った景観を望める。一方はポートアイランドや神戸港方面で、もう一方は夜景が見事な山側だが、目の前のビルが少々邪魔だ。カーテンはスクリーンタイプなので、完全遮光ができないのが難点。
大き目のソファとオットマン付きのアームチェアが置かれたリビングスペースは、ゆとりある広さだ。クローゼットはウォークインでスペーシャス。また、バスルームはグレーの総大理石張りで、一枚の石板が大きく高級感がある。それぞれ曇ガラスで仕切られたトイレとシャワーブースがあるが、どちらも広々としていて圧迫感がない。天井も高く、かなりのスペースを割いたゴージャスなバスルームだ。
あまりのんびりもしていられないと思い、軽くシャワーを浴びた。その間せいぜい4〜5分だろうか。お湯を止め、シャワーブースの扉を開けたとたん、びっくりした。バスルームの床一面、ベイシンの前だけでも5平米はあろうかという面積一帯が、水深1センチくらいの湖になっている。シャワーブースの仕切りの高さもたいしてないので、排水が悪いとたちまち洪水になってしまうようだ。
思い返してみれば、このホテルに開業数日目にはじめて宿泊して以来、排水の悪さにはいつも迷惑していた。スイートのシャワーブースは特に問題があるようで、毎回バスタオルをのり巻き状にして、シャワーブースから水があふれ出るポイントから、バスタブ横の排水溝までバイパスを作って対処していたのを思い出した。ところが今回の客室の問題はシャワーブース内の排水だけでなく、全体に水はけが悪いようだ。
とにかく客室係に電話をしたが、対応が遅い。「すぐにうかがいます」と言ったきり、10分経っても来ない。しびれを切らし、もう一度電話を入れると、今、整備担当を呼び出しているとか。「すぐに」と言ったんだから、すぐに来ればいいのに。しばらくして整備担当の人と、客室係がやってきて、だいぶ水が引いたバスルームに土足のまま入り、整備担当は排水溝をチェックし始め、客室係はタオルで床を拭き始めた。
一生懸命なのは結構だが、施設に不備があってゲストに迷惑を掛けているのだから、まずは詫びるのが筋じゃないのかと言い、とにかく別の部屋を用意して欲しいと頼んだ。ついでに、ゲストが見ている前で、土足のままバスルームに入ってはいけないと付け加えた。
客室係が出ていってしばらくすると、アシスタントマネージャーがやってきた。新しい部屋の用意を調えて来たのかと思いきや、とりあえず話しを聞いて駆けつけて来たと言う。それにしては遅すぎやしないかと思ったが、もう一度現状を説明して、部屋の手配に戻ってもらう。結局、客室係に最初の電話を入れてから、新しい部屋に移るまでに40分を要したので、約束の時間ギリギリになってしまい、慌てて身支度をしてレストランへ向かった。
この一件では、建物の欠陥に対する不満というよりも、全体の対応の遅さや、誠実な感じがしなかった客室係に対して不満を感じた。排水の問題を根本的に改善するのは、建ってしまった今となっては難しいが、こうなることは予測がつくし、聞けば頻繁にある出来事だというのだから、スムースに対応できるよう心がけておくべきだ。もちろん、ゲストに与えたマイナスの印象や、ゲストから奪った貴重な時間を穴埋めできるだけのフォローも必要だ。
担当のアシスタントマネージャーは、出発の際、前日の不手際を重ねて謝罪し、見送ってくれた。たったこれだけのフォローでも、随分と気持ちがおさまるものだ。
よいレストランに行く前にはいつも、気分のコンディションを整えてから出掛ける。ちょうど、舞台袖からステージに出る時のような感覚だ。しかし、この日は客室のすったもんだで、それどころではなかったために、不意にステージに上がってしまったような感じだった。
高級レストランを利用する時は、ゲストとしてサービスを受けることよりも、店のサービス人といかに連携して、同席の方々を楽しませるかという視点になることが多く、そういったシチュエーションの食事の方が好きだ。だから、ぼくにとっての店のサービスの善し悪しは、この場合、いかに協力して食事の時間を高い次元に押し上げてくれたかに掛かってくる。
ぼくもまたテーブルに着きながらもサービス人であるわけだから、店の入り口に立てばコンサート前の心境に近くなるのも無理はない。慌て気味にエントランスに到着すると「ラ・コート・ドール」時代からの懐かしい面々が出迎えてくれ、彼らに任せれば、今夜は何もぼくが慌てることもないんだと思えてきて、急に気分が落ち着いた。席は、オープン3日目の時と同じ、一番奥の窓側だった。
「トップオブシェラトン」になってからは一度昼食に訪れただけで、晩餐は初めてだ。今夜はぼくの名前で予約してあったので、当然ぼくのメニューにしか料金が書かれていない。ぼくはアラカルトで頼んでみたかったが、みなさんコースになさるとのことで、ぼくもそれにならい、最もよいコースを注文した。ぼくがホストだと思っているから、すべての注文はぼくに尋ねてくる。
ワインも一番アルコールに弱いぼくが選んだ。ゲストに好みを尋ねはするが、リストを見せ決めさせたり、注文をさせたりはしない。ソムリエもそのあたりはきちんと心得ている。料理が運ばれてくる度に、檜山マネージャーが説明をしてくれるだけでなく、料理にまつわるエピソードなど、興味深い話しを付け加えながら、彩りを添えてくれるが、これがまたなんとも巧みだ。さらりと他愛ない話しのように語るが、相当の知識や教養がないと語れない内容だ。
サービスも見事で、なにか頼みたいと思う時には、すでに近くに控えているが、決してテーブルの邪魔をすることなはない。テーブルへの入り方も、引き方もスマートだ。この高いサービスクオリティは檜山マネージャーによるところが大きく、彼がいるといないとでは大違いなので、店の実力とは評価しにくいが、それでもぼくはこの店でサービスに不足を感じたことは一度もないのは事実だ。食事が済んで、檜山さんとシガーの話題でしばらく盛り上がり、気付くと23時30分。
料理はベルナールロワゾー直伝の時代からすれば、日本的な味になりつつあるが、ラ・コート・ドールの雰囲気は保っている。デザートはワゴンサービスになってしまった。食事を締めくくる、最後の一皿には、かつて相当の力が注がれていたので、これは残念。また、客層もあまりよくなく、気の毒に思った。素晴らしいサービスと、やや若かったが85年のシャトーラトゥールが印象的な4時間半の晩餐だった。
Y.K.