1994.09.30
Don't Disturb
パークハイアット東京 Superior Room
怒-4

パークハイアットは、広い客室と新宿に近い便利な立地、それにグレードの割りには手頃な料金ということもあり、気が付けば開業以来短い期間に何度も利用している。苦情を言わざるを得ない事態が後を絶たないが、事あるごとにマネージャーたちが善処してくれた。総支配人自らゲストを食事に誘い、とことん話を聞こうという姿勢を持っているなど、上層部になるほど、よいホテルに育てることに対して非常に前向きだ。しかし、若い連中は目指すところを熟知しておらず、気位の高さだけが鼻につく。

この日から数日、スーペリアルームに滞在した。スーペリアには2種類あって、その違いは窓が2面にあるかどうかだ。窓際のライティングデスク脇に、もうひとつの窓を持つタイプは、面積も数平米広くなっており、より広々としていて明るい。

スーペリアルームは入口から窓までの距離が長く、手前にウォークインクローゼットとバスルームがある。両者ともに広く、クローゼット内で着替えがでるほどだ。バスルームは高い天井に個性的なレイアウトが印象的で、ガラスと大理石を効果的に使った。中央に縦向きに置かれたバスタブは深く、背後にはユニークな絵が掛かっている。バスタブの左右に、シャワーブースとトイレのブースをわけて配置した。照明効果も高い快適なバスルームは、ベッドルーム、クローゼットの両方からアクセスできる。

ベッドは134センチ幅のものが2台。極めて心地よいベッドだ。ベッドと反対側の壁にはテレビや冷蔵庫を収めたキャビネットが置かれ、その脇にはオブジェ状のケースがあって、菓子が詰まっている。デスクは壁から独立しており、椅子が対面して2脚セットされているが、デスクも椅子も安普請な造り。窓際にはアームチェア2脚と、ハープをかたどったコーヒーテーブルがある。景色をダイナミックに見るには少々窓が高過ぎるが、それでも遮るもののない眺めは見事だ。

この日は連れが高熱を出して大変だった。同席する予定だった会食へは一人で出掛けたが、その合間を縫って定期的に様子を見ていた。単なる過労による風邪のようで、医者に見せるまでもなかったが、安静と熱を下げる努力が必要だった。ドラッグショップで薬を買い、ホテルにはアイスノンを借りた。そして更にハサミを必要とすることがあって、アイスノンを持ってきてくれた係に、度々申し訳ないがハサミを持ってきてほしいと頼んだ。

しかし、待てど暮らせどはさみはこない。客室係は電話に出ないので、レセプションに電話をしてみた。「失礼しました。すぐにお持ちします。」と快活な返事があったので、ほどなく届けられるだろうと思いきや、またも期待は裏切られた。再三催促すると、「チェックインが立て込んでおりまして、申しわけありません。」という言い訳。ならば取りに行くと言えば、「間もなくお持ちしますのでお待ちください。」との返事だ。病人の世話のために急いで必要だということ、チャイムは遠慮してドアを軽くノックしてほしいとも伝えてあった。

またもや来ない。だんだんイライラが怒りに変わってきた。扉の側で待っていると、けたたましく電話がなった。受話器を取ると「はさみをお持ちしましたが、入室しないようにとの指示が出ておりましたので、戻ってまいりました」などと言う。人の話を聞いていないのだろうか。しかも、電話のベルはドアチャイムよりもずっと音が大きく神経に触れる音だ。とにかくハサミが必要なので、ドアの外に出て待つから、もう一度急いで持ってくるよう頼んだ。

抑えた照明が深いコントラストを作っている廊下で、部屋の扉に寄りかかってじっと待っていた。少し離れた客室には、新しいゲストが係に案内されてやってきた。彼らが部屋に消えてしばらくしてから、ベルアテンダントがひとりでその部屋から出てきた。彼は、くたびれたのか、その部屋の前の壁にもたれかかり、一息つきだした。すぐ近くからこうして観察されているとも知らずに。一息が随分と長いものだから、たまらなくなって声を掛けた。
「そこでボケっと突っ立ってないで、早く仕事に戻りなさい。」
係は、ビクッと驚いて、足早に去っていった。その間、数分あっただろうか。まだハサミは来ない。

そして、やっとハサミを持ってきたのは、最初に頼んでから30分以上が経ってからだった。会食を「ちょっと失礼」と抜け出してきていたので、食卓ではきっと心配をしているだろう。すべきことをして、急いで「ニューヨークグリル」に戻った。店先まではダッシュ。そこからは何事もなかったようにゆっくりとした足取りで。テーブルでは会話が盛り上がっていて安心した。さりげなく席について会話に加わったが、役に立たないスタッフへの怒りはなかなか冷めやらなかった。

Y.K.