1993.08.14
食事のための楽屋
ホテルニューオータニ Tower Standard Room
喜-1いつでも車・車・車、人・人・人と喧騒から逃れることのない東京都心部だが、毎年お盆の時期と正月にはウソのような静けさになる。すると、お正月は別として、お盆の期間はいつもは強気のホテルが、なりふりかまわずといえるくらい思い切った低価格のプランを打ち出してくれる。行楽地はどこも人で溢れかえっているのだから、わざわざ人ごみに出て行かなくても、静かな都心で過ごす方が、骨休めにはなるのかもしれない。
今回ニューオータニに宿を取ったのは、宿泊そのものを楽しむためではなく、「トゥールダルジャン」に食事に行く予定に合わせて「楽屋」代わりに手配した。食事がメインなので、客室は必要最低限のものさえ揃っていれば、贅沢はいわない。グランメゾンに出向く時、特に思い切り食べて飲んで楽しもうという構えのある時は、ぜひ近くのホテルに「楽屋」ルームがほしい。
車で出掛けては、十分にワインを楽しめないし、せっかく充実した時間を過ごしても、帰りの渋滞を考えると、せっかくの余韻が長続きしない。ホテルを予約しておけば、着替えられるから、女性は思い切りドレスアップできるし、余計な持ち物は部屋に置いて出掛けられる。「トゥールダルジャン」のようにホテル内にある場合はもちろん外気に触れることなく店に行けるが、ホテルの近くの場合は、自分の車をホテルに置いて、タクシーなどで出掛ける方がスマートだし、お酒に遠慮が要らなくなってよい。また、食事の後は、心地よく酔いが回っても、部屋に戻ってすぐにベッドになだれ込むことができる。この時の真っ白なシーツは、なんとも肌に気持ちいいものだ。
今回利用した客室は、タワーのスタンダードルームで、27平米の面積があるが、設備等は昔風だった。レイアウトも、まさにホテルルームでございますといった感じの、オーソドックスなものだ。家具類は、ぶな材などそれなりに良い素材の物を用いているので、味わいがない訳ではないのだが、最新のホテルに比べると、やや見劣りがするのは否めない。
テレビだけが入れ替えたばかりなのか、やけに真新しくて目立っていた。格安プランで宿泊しているから、これでも文句はないが、通常料金を払って泊まろうという気はまったく起きない。アメニティも、格安プラン用に幾つかのアイテムを削ってある様子で、客室係が補充しているのを見ると、同じ階の同じタイプの客室であっても備品に差が見られた。それでも安さに「喜」。
昼間の「トゥールダルジャン」には昼間ならでは趣きがあって、庭園の緑に反射して差し込んでくるやわらかな光が、非の打ち所なく清潔で手入れの行き届いている店内に、涼やかな雰囲気を運んでくる。このやさしい光が、天敵にも思えるようなレストランは、そう少なくはないだろう。昼間の光は、店の天井の汚れや、桟に積もった埃などを容赦なく照らし出すからだ。
芸術的な料理を出しながら、店内の手入れに無頓着なレストランが多いが、まるで最高のドレスを着ているくせに、化粧が最高に下手な女を見るように滑稽だ。こうして日中に店内を見回せば、夜の仄かな光では気付けなかった、隅々まで手入れを怠らない姿勢に驚くことだろう。優雅でハンサムが多い給仕たちだが、お客さんのいない時に、どんな努力をしているのだろうかと想像すると、表向きとは違った大変さが思い浮かんでくる。
この日は、イベントとあって、女性客や年配のグループ客で、かなりの賑わいを見せていた。それでも、いつもと変わらぬ充実したサービスぶりで、混乱することも遅れることもなく、スマートそのものだった。午餐とあってか、一皿ごとのポーションは抑え気味だったので、パンも小菓子も残さず食べられた。アミューズには果物のジュレが出され、食前酒はグレープフルーツのカクテルだった。いかにも夏らしい。それぞれの料理の美しい盛り付けも特筆ものだ。
トイレも清潔で、店のロゴマークの入ったタオルが積んである。トイレ脇にある電話は、ゼロ発信で通話料無料。メモ用紙に至るまで店のオリジナルで、ここでしかお目にかかれない代物。
フルーツトマトのゼリーコンソメ オマール海老入り
Delicate gelee de tomates d'ete, une macedoine de homard舌平目の香草ソース きのこの香り
Tombee de champignons, d'herbes potageres et de petite soleウニのロワイヤル
Coquetier a la royale d'oursin幼鴨のポワレ 洋梨とノワゼットのソース
Caneton poele aux poires, sause au vinaigre de noisettes又は
OU仔羊の自家製パスタ巻き“カネロン”
Agneau en cannelon若ポロネギのマリネ
Jeunes poireaux marinesヴァシュランと赤いフルーツのアンサンブル
Petit vacherin aux fruits rouges小菓子
MignardisesChablis Premier Cru La Forest 1991
Chateau Calon 1983ホテルニューオータニ本館の最上階にある回転展望レストランでは、中国料理のブッフェを提供している。アルコールを含めなくてもひとり6,500円の予算は見込んでおかなくてはならないが、それだけの価値を見出すには、相当量食べなければならないような内容だと感じた。夏休み中だけあって、子供連れが多く、注意して歩かなければ、皿を運んでいる途中で走り回る子供を蹴飛ばし、ついでに周囲に料理を撒き散らすハメになるかもしれない。
ブッフェ台には全品制覇は困難と思わせるほどの品数が並ぶが、ロードサイドなどで一時期はやった、昔ながらのファミリー型中国料理店の味で、これといって印象に残る料理はなかった。どのお客さんもひとつの皿に、競争とばかりにさまざまな料理を盛りあわせ、文字どおりてんこもり状態でテーブルに運んでいる。何度も取りに立つのは面倒だという気持ちもわからないではないが、ああまでしては、皿の中で味が混ざり合い、何を食べているのかそれこそわからなくなりそうだ。
店内もさほど清潔感があるわけでもなく、サービスにしても快適とは言い難かった。店が回転しているので、都内の景観を一通り眺めることができたが、総合的には満腹感よりも割高感の方が先に立った。
シャンパンブランチとあるのに、出て来たのはシャンパンではなくフランス産のスパークリングワインだった。多少なりとも高級ホテルの自覚があるのなら、こういうインチキはしないでもらいたいと思う。初っ端からちょっとアレ?と思わされたが、それ以外はとてもエキサイティングで楽しい食事だった。
ここが日本であることを忘れさせてくれるような徹底的なポリネシア調のインテリアや、このままプールサイドに運んで飲みたいような楽しくてダイナミックなカクテルなど、他ではなかなか味わえない雰囲気がある。こうした一見奇をてらったようなレストランなら、渋谷や六本木あたりにもたくさんあるが、どこもサービスに不足があるし、味にも満足が行った試しがない。その点、ホテル内なので、大失敗がないだけでも安心だ。
料理はブッフェスタイルだが、それほどインパクトのあるものはなかった。また、インテリアの面白さはいいにしても、座席の間隔が狭く、窮屈な感じがした。値段的にも結構高いので、誰かにおごってもらえる時に訪れる方がいいかもしれない。
Y.K.