1993.08.07
浦島太郎な時間経過
「ひらまつ」広尾
喜-5

土曜日の正午からの午餐を「ひらまつ」で楽しんだ。広尾は高級マンションが立ち並ぶリッチなイメージの街だが、「ひらまつ」の周囲はさほど垢抜けた雰囲気はなく、むしろこのレストランの存在は浮いているといえないこともない。一軒家の建物で、1階がギャラリーになっており、レストランのレセプションもこちらで兼ねている。

運が良ければこちらでメートルドテルの出迎えを受けることができるが、不運に見舞われると、気は強そうだが高級フレンチレストランのレセプションにはおよそ向かないと思われる若い女性に冷たく扱われなければならない。素晴らしい料理を心ゆくまで楽しもうという心の準備が、ここで大きく膨らむか、無惨に破壊されるかの分かれ道だ。

幸いにしてこの日は燕尾をまとったメートルドテルの柔和な出迎えを受け、3階のダイニングに向かうことができた。今回はダイニングに直行したが、2階には洒落た小さなバーコーナーがあって、これまた運が良ければ、ステキなマダムとのおしゃべりを楽しむことができるだろう。席について、アペリティフにピノーデシャランをというと用意がなく、桃のスクイズとシャンパンのカクテルを薦められ、そのように。暑い夏の午後の喉を潤すには最適のアペリティフだった。

ランチは6,000円と10,000円があるが、10,000円のコースの方が内容が魅力的だったので、そちらを注文した。アミューズのエスカルゴとポテトのパイを前にしながら、ワインリストを眺めてじっくり検討をする。結局、シャトーフュイッセ'91とシャトーオーブリヨン'85に決めた。ここまでで席についてからざっと40分。グランメゾンでの時間はゆっくりと過ぎてゆくが、気がつけば浦島太郎になっていることがしばしばだ。

料理は実に素晴らしい。赤座海老のパート包み パセリのソース、フォアグラと根セロリのコンソメ トリュフ入り、イサキのポワレ サフラン風味の焦がしバターソース、仔羊のロティ 松の実とトリュフのソース、フランス産チーズ、桃のコンポート、ワゴンデセール、コーヒーと小菓子という構成。この季節に訪れるのなら、桃のコンポートははずせない一品だ。丸ごと煮て漬け込んだ桃に、桃のソルベとグラタンが添えられ、ジノリの壷で提供される。

すっかり満足して、結局気がついたら、夕方4時になっていた。清潔なテーブルクロスにやや固めのナプキン、カトラリーはクリストフルで、店内には豪華な調度品が多く飾られている。天井からのスポットライトの周囲が汚れているが、おそらくバカラの燭台で毎晩蝋燭を点しているからだろう。夜はさほど気にならないが、昼間は確かに目立っている。サービスは非常に柔軟で良く気がつく。グランメゾンとして、日本を代表する一軒であることは確かだ。高価だが特別な日には強くオススメする。

1993.08.15
真夏の夜の夢
「ひらまつ」広尾
喜-5

先週に引き続き「ひらまつ」を訪れた。前回は午餐だったが、この日は晩餐のために。前日は「トゥールダルジャン」で優雅なひとときを楽しみ、この昼にも「トレーダーヴィックス」で異国情緒を味わってきたばかりと、胃袋には相当の負担を掛けている。車を正面につけると、係りが駐車場へ車を回してくれる。高級レストランに乗り付けたという気がしないのは、周辺の雰囲気が影響しているからだ。車を預け扉を抜けると、女性レセプショニストのお出迎えがあった。

後から追って来たメートルドテルに案内され、まずは2階のバーでシャンパンを。のどの渇きが癒された頃合いに、3階のダイニングへ移動する。この際、タイミングを見計らって「そろそろダイニングへ参りますか?」などと声を掛けてくれるものかと思っていたが、こちらから申し出るまでそういった配慮は見せてくれなかった。他のお客さんはもっと長い時間バーで粘るのだろうか?

ダイニングは、卓上に当たったハロゲン光のスポットと、クリスタルの燭台から漏れる蝋燭の炎の揺らめきが、それぞれ別々の影を形成しており、なんともロマンチックな空間だ。お盆だというのに、数組の先客が食事をしており、レストランとして適度な賑わいが感じられた。料理はムニュデギュスタシオン20,000円。

温製、冷製のオードブル、2皿の魚料理、メインディッシュにデザートと、見事な料理が次々に出てくる。中でも、定番ともいえるフォアグラのキャベツ包みは、やわらかいキャベツにナイフを入れると、フォアグラの脂がつややかに流れ出てきて、同時に素晴らしい香りが鼻を刺激する。この季節にしてこの薫り高いトリュフは驚きだった。メインディッシュの仔鳩の炭焼きも印象的だった。

ワインは、シャトーフューザル90年、コルトングランシー72年。サービスも安心できる卓越したもの。真夏の東京で、しかも年に何度もない静かな都心で見る、夢のようなひとときがここにはあった。唯一残念なのは、化粧室の見回りがきちんとなされていないことだった。これだけのレストランなのだから、つまらない点でケチが付かないようにしてもらいたい。

Y.K