1993.03.27
アップグレード
ホテルニューオータニ Executive Deluxe Room
怒-1

予約時にあらかじめ伝えてあった到着予定時刻通りにホテルへ着いた。チェックインの手続きをして、部屋に案内してもらう。客室としては最上階にある部屋だったが、入ってみて唖然とした。全体に数寄屋造り風で、行灯のようなペンダントライトがぶら下がっているし、バスルームに至ってはお化けが出そうに薄暗く、濃紺のタイル張りだ。和室にベッドを置いたような感じで、強いて言うなら宮の下富士屋ホテルの花御殿を思い出す。花御殿には歴史に刻まれた趣きと、周囲の環境との調和があり、それはそれで魅力的だが、都心でこれからフレンチレストランへという時の気分にこの部屋はまったくそぐわない。

今回は改装仕立ての客室に宿泊できるのを楽しみにしていたというのもあったし、今時ラックレートそのままの定価で泊まるありがたいお客さんでもあったため、フロントにルームチェンジを頼んだ。聞くと、実際に予約を受けたタイプの客室がふさがっているため、この部屋にアップグレードしたという。確かに広いには広い客室だが、タイプが違い過ぎる。スイートにでもアップグレードしてくれるなら、ありがたく思うが、タキシードを注文したら紋付き袴が来たというほどイメージの違う部屋なので、迷惑でしかない。

フロントの女性は「ご予約いただいたよりもワンランク上のお部屋なんですが・・・」とあくまで自分たちの配慮を強調するばかりでルームチェンジに応じようとしない。とうとうぼくは怒り出し、マネージャーに部屋に呼び、事情を説明すると、速やかに予約通りの部屋を用意してくれた。また、非礼の詫びにと、20%のディスカウントとフルーツのサービスをしてくれた。新しい部屋は44平米のデラックスルームで、エグゼクティブフロアに位置している。エグゼクティブフロアといっても、ラウンジやカウンターはなく、アメニティや調度品などが少々よくなっているに過ぎない。

この部屋は、元々3部屋であった部分を2部屋に改装したために、部屋を2:1に分ける位置に構造柱があるが、柱と壁の間の狭い方にあたる部分がライティングデスクになっているなど、柱を効果的に使っている。バスルームは明るく、総大理石張りでシャワーブースを備えている。アメニティも豊富だ。室内には何個所かに花が飾られており、色彩感を増している。クローゼットはかなり広めのウォークインタイプだから、ロングステイでも困ることはなさそうだ。照明もよく考えられているし、セントギガを受信できるなど、BGMも充実している。

最初の部屋は改装前で、設備も不十分だったし、こちらの部屋の方がはるかに居心地が良い。客室の広さだけで「アップグレード」したと言い張るのは、考えが足りなすぎやしないかと思う。また、もし予約通りの部屋が用意できない場合は、チェックイン手続きの時点で事情を説明し、ゲストの了承を求めるべきだ。だがぼくは、この一件以来「アップグレード」という言葉をフロントでささやかれても信用できなくなった。部屋のタイプがはっきりしない場合は「とりあえず、お部屋を見せていただいてから考えます」と答えるようにしている。

1993.03.27
魔法のトンネル
「トゥールダルジャン」ホテルニューオータニ
楽-5

ニューオータニのフロントの斜向かいに、トゥールダルジャンのエントランスがある。エントランスからすでに、店のテーマカラーであるブルーとシルバーに埋め尽くされている。エントランスから45度まがってほの暗いアプローチを進むと、タキシードで出迎えるレセプショニストの姿が見える。ゆっくり歩み寄り名前を告げると、バーでアペリティフを楽しむか、そのままダイニングへ向かうかと問われるが、待ち合わせでない限り、この店ではそのままダイニングへ向かう。

カフェアングレ時代でから伝わる由緒ある品々のディスプレイをちらちらと眺めながら、ゆっくりとした歩調で進むサービス人のあとを、こちらもゆっくりと追って進む。物音ひとつしない静寂のアプローチからダイニングに差し掛かると、急に空間が開け、満席のざわめきとキャンドルライトとシャンデリアのきらめきが飛び込んでくる。すでに数人のサービス人が、我々の席にそろって、椅子を引いて待っている。席に到達するまで、案内に当たったサービス人は一度も振り向くことはない。これから始まる食事に対してこれほど効果的な演出はない。

ニューオータニのロビーから、このダイニングまでのアプローチは、距離にしてみれば知れているが、それは別世界へつながる「魔法のトンネル」のようだ。途中、バーでシャンパンでも楽しんでいたら、その空間でトゥールダルジャンの雰囲気に慣れてしまう。それより、雑踏のようなホテルロビーから一気にダイニングに向かった方が、別世界感覚が味わえて楽しい。それに、バーの空間は食後にゆっくり楽しむことができるので、その楽しみは後にとっておくことにしている。今回、料理はすべてアラカルトでオーダーし、ワインは76年のニュイサンジョルジュにした。毎回思うことだが、サービスは実に優雅で、料理の説明はよどみなく、食器の扱いひとつとっても十分な訓練と豊かな経験を感じさせる。特別な日には最適な舞台となるレストランだ。

Y.K.