1992.03.11
バスルームパニック
ポートピアホテル Deluxe Room
楽-3

レストランに勤務する友人との気軽な一泊旅行で神戸に出掛けた。長い付き合いだが、こうして旅をするのは初めてだった。新幹線の車内でも、神戸に着いてからも、ゆっくり時間が持てたらいつか話したいと思っていたことを、おおいに語り合った。友人の希望で「アランシャペル」での食事をメインに考えていたので、ホテルはそれに便利なポートピアホテルに宿泊することだけは初めから決めていたが、より条件のよいプランを探しているうち、JTBから販売されている個人旅行パックのなかに、往復の新幹線、「アランシャペル」でのディナーと宿泊がセットになったプランを見つけたので、利用することにした。

新神戸駅に着いてから、街をふらっと歩き、三ノ宮駅からポートライナーに乗ってホテルへ。ロビーに入ると開放的な雰囲気と独特の香りが迎えてくれ、瞬間的にとても懐かしい気分に襲われ、このホテルで出会ったさまざまなエピソードが心によみがえってきた。思い出の多いホテルでは自然と心が和む。ポートピア博覧会が開催された開業当時と比較すると、周囲の景観はすっかり変わってしまったし、ホテル自体も増築などで変貌しつつあるが、ホテル内の空気は10年以上経っても、同じ香りを漂わせている。

チェックインを済ませ、本館高層階の客室へ向かう。落ち着いた内装のシックなエレベータは、最新のエレベータに比べ、スピード感がある。ホテルは離心率の大きな楕円に近い形をしているので、両端から中央に向かうに連れ客室の奥行きが大きくなるが、パッケージプランなので、さすがに隅に近い小さな部屋がアサインされた。内装も設えも、一昔前のホテルとしての標準的な線でまとめられ、これといって特徴のない客室だ。

食事の前にシャワーを浴びようと思い、バスルームで服を脱ぎ、その前にトイレを使って流したところ、排水が悪く汚水が溢れ出てきてしまいびっくりした。足元まで浸水してくるし、床にたたんで置いた服は濡れて汚れてしまうしで、情けないことに狭いバスルームでパニック状態。1泊旅行なので、スーツの着替えは持ってきていないのに、食事の時間まで1時間程しかない。とにかくアシスタントマネージャーに電話を入れ、策を講じてもらったところ、すぐにクリーニングをし、ルームチェンジするという対応だった。新しい客室は、中央に近い奥行きのある広い部屋だった。窓際のリビングスペースが広く取られ、大きなソファが配置してあり、バスルームも広く。バスタブの向きが変わって大きくなった。シャワーの排水が悪いのには結構出くわすが、トイレが溢れるというハプニングは初めてだった。

1992.03.11
人生を変えたレストラン
「アランシャペル」ポートピアホテル
喜-5

ホテルの最上階にあるこの店は、かつてミシュランの三ッ星に輝いていたリヨン郊外の名店「アランシャペル」の支店で、素晴らしい料理と卓越したサービスでもてなしてくれる極上のレストランだ。開業から10年以上の間に、何度通い詰めたか知れないが、その間には、厨房のダビンチと称されたアランシャペル氏がなくなり、この神戸店の厨房を仕切っていた上柿元氏がハウステンボスに行き、チームワークが見事だったサービス陣も新規ホテルのオープンで離れ離れになってしまうなど、だんだんと寂しくなってきてしまった。かつての輝かしい時代を知っていると、哀愁さえ感じてしまう現状だが、それでもまだまだ魅力が尽きない店だ。

エレベータに乗ると、フレンチレストランとしか書かれていないボタンがあり、そのボタンを押す時の気持ちは、オープン当初と変わらない。31階に降り立つと、すぐにエントランスがあり、メートルドテルが颯爽と立って出迎えてくれる。早速テーブルに案内され周囲を見回すと、レストランらしい控えめなざわめきが耳に心地よく、手入れの行き届いた備品類が、店の格を物語っている。突き出しに出される野菜と小魚のフリットはオープン以来変わらない。シャンパンで喉を潤しながら、素手でつまんで味わう突き出しが、これから始まる食事への期待を高めてくれる。今回はあらかじめ食事の内容が決められていたので、メートルドテルが料理内容の説明をしてくれた。

子鳩のジュレ スターアニス風味 ラングスティーヌのヴェルーテ飾り、的鯛のオーブン焼き シュルプリーズ、じっくりと煮込んだオックステール ほうれん草と人参添え、フランス産ナチュラルチーズのいろいろ、グランデセール、コーヒーと小菓子という内容だ。料理にはもちろん満足したが、友人の気持ちをさらったのは、むしろワインだった。

彼は、レストランでの優れたサービスには日頃から高い関心を寄せ、自分でもそれを実現するために日々努力を惜しまない人間だが、ワインにはさほど深い興味はなかったはずだ。ところが、この日口にしたシャトームートンロートシルトに開眼させられ、ソムリエになる決意をするに至り、ついに人生を変えてしまった。彼にとっては、何から何まで感嘆に値する経験になったようで、特にフランス人のサービスに影響を受けた、官能的な身のこなしや、誰かが突出することなく、全体の調和を考えたチームでのサービススタイルなどに、目を奪われていたという。

食後には、山側の個室に席を移して、コーヒーを飲んだが、彼はあまりの心地よさにしばらく快眠。その間にぼくは会計を済ませ、従業員と雑談をしに席を立っていたが、戻ってもそれに気付かれることはなかった。

1992.03.11
異人館にて
「オクトバー14」神戸・北野
楽-1

神戸の北野町は、三ノ宮からだとひたすら坂を上がって、息を切らせながらたどり着く場所だが、振り返ると、神戸の街並みと、その向こうに広がる港の風景に、思わず息を呑む美しい景観を持つ街だ。しかし異人館ブームが起きてからは、観光客がどっと押し寄せ、付近の住民は気が休まることがないだろう。

その北野町のなかでも、坂をのぼりつめたあたりにある「オクトバー14」は、洋館をそのまま利用した瀟洒なレストランだ。きしむ階段や昔のままの窓枠など、ノスタルジックな内装だ。2階に客席があり、この日は運よく窓際に座ることができ、天気にも恵まれていたので、木立の向こうにひらけた神戸の街並みが手に取るようだった。普段はフレンチをベースにした料理を楽しめるのだが、この日はおなかがいっぱいだったので、喫茶だけでの利用だった。

Y.K.